診断名の変遷(アスペルガー症候群はどこへ行ったのか)
「アスペルガー症候群と診断されたのに、いまは使われないと言われた」。この戸惑いはとても多く聞きます。人が変わったのではなく、分け方が変わりました。
かんたんにいうと
- 診断名は、時代とともに変わります。
- アスペルガー症候群は、いまは使われていません。
- 前にうけた診断が無効になるわけではありません。
2つの診断基準
世界で使われている診断の基準は2つあります。どちらが正しいということではなく、目的が違います。
| DSM | ICD | |
|---|---|---|
| 作っているところ | アメリカ精神医学会 | WHO(世界保健機関) |
| 対象 | 精神疾患 | 病気全般 |
| 日本での役割 | 臨床の現場で広く使われる | 公的統計・制度の基準 |
| 最新版 | DSM-5-TR(2022年) | ICD-11(2019年承認・2022年発効) |
| 閲覧 | 書籍のみ | オンラインで無料 |
日本の病院では、診断そのものはDSMを参照しつつ、診断書や統計ではICDの分類が使われる、という形が一般的です。
自閉症まわりの変遷
DSM-III(1980年)— 独立した
それまで自閉症は、統合失調症の子ども版のように扱われていました。DSM-IIIで「幼児自閉症」として独立した診断になったのが出発点です。
DSM-IV(1994年)— 5つに分かれた
「広汎性発達障害(PDD)」という大きな枠の下に、5つの診断名が並びました。
- 自閉性障害
- アスペルガー障害
- レット障害
- 小児期崩壊性障害
- 特定不能の広汎性発達障害(PDD-NOS)
アスペルガー障害は、ことばの遅れがないことで自閉性障害と区別されていました。
DSM-5(2013年)— ひとつになった
上のうち、レット障害を除く4つが「自閉スペクトラム症(ASD)」にまとめられました。
同時に、支援の必要度をレベル1〜3で示す方式が導入されました。名前で分けるのをやめ、どれだけ支援が要るかを示す形に変わったわけです。
ICD-11(2019年承認)でも同じ方向
ICDでも、ICD-10にあった「アスペルガー症候群」の分類はなくなり、自閉スペクトラム症に統合されました。DSMとICDが同じ方向に動いた形です。
ADHDまわりの変遷
| 版 | 名称 |
|---|---|
| DSM-II(1968年) | 小児期の多動性反応 |
| DSM-III(1980年) | 注意欠陥障害(ADD)— 多動を伴うもの/伴わないもの |
| DSM-III-R(1987年) | 注意欠陥多動性障害(ADHD) |
| DSM-IV(1994年) | ADHD。3つの型(混合型・不注意優勢型・多動衝動優勢型) |
| DSM-5(2013年) | ADHD。発症年齢が7歳未満から12歳未満に緩和。成人の診断基準も整理された |
2013年の最も大きな変更
DSM-IVでは、広汎性発達障害(いまのASD)がある場合、ADHDの診断を付けないことになっていました。 除外規定があったためです。
DSM-5でこの規定がなくなり、ASDとADHDを併記できるようになりました。
この変更は制度上の話にとどまりません。それまで両方の特性がある人が、片方の診断名だけで説明されていたということです。詳しくは併存とグレーゾーンをご覧ください。
学習障害まわりの変遷
DSM-IVでは「読字障害」「算数障害」「書字表出障害」と個別に分かれていましたが、DSM-5で「限局性学習症(SLD)」にまとめられ、どの領域に困難があるかを特定する形になりました。
なお日本には、これとは別に文部科学省の「学習障害」の定義があり、範囲が異なります(聞く・話す・推論するを含む6領域)。詳しくは限局性学習症をご覧ください。
診断名の読み替え表
古い診断書や書類を読むときの対応表です。
| 古い名称 | 現在(DSM-5-TR) |
|---|---|
| 自閉症・自閉性障害 | 自閉スペクトラム症(ASD) |
| アスペルガー症候群・アスペルガー障害 | 自閉スペクトラム症(ASD) |
| 高機能自閉症 | 自閉スペクトラム症(ASD)※もともと正式な診断名ではありません |
| 広汎性発達障害(PDD) | 自閉スペクトラム症(ASD) |
| 特定不能の広汎性発達障害(PDD-NOS) | 自閉スペクトラム症(ASD) |
| 注意欠陥障害(ADD) | 注意欠如・多動症(ADHD)不注意優勢型 |
| 注意欠陥多動性障害 | 注意欠如・多動症(ADHD) |
| 学習障害(LD)※医学的文脈 | 限局性学習症(SLD) |
| 精神遅滞 | 知的発達症 |
よくある疑問
前に受けた診断は無効になるのですか
なりません。 診断書に「アスペルガー症候群」と書かれていても、それが取り消されるわけではありません。制度の手続きでも通常はそのまま扱われます。
気になる場合は、次の受診時に主治医に「いまの基準ではどうなりますか」と確認してみてください。
「アスペルガー」と自称してはいけないのですか
そんなことはありません。診断基準で使われないことと、本人が自分を説明するのに使うことは別です。長く自分の説明として使ってきた人がいます。
ただ、いまから診断を受ける場合はこの名前は付きません。書類や相談の場では「自閉スペクトラム症」で通したほうが話が早い、という実務上の理由はあります。
なぜ法律には古い名前が残っているのですか
発達障害者支援法(2005年施行)の条文が、当時の診断名で書かれているためです。 条文には「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害」とあります。
法律の改正には手間がかかるため、医学の基準の改訂にすぐには追随しません。法律のことばと医学の診断名がずれているのは、こういう事情です。 読み替え表は発達障害とはにも載せています。
「障害」と「症」はどう違うのですか
意味の違いではなく、訳語の選び方の違いです。DSM-5の日本語版では、状態を表すことばとしてより適切な訳として「症」を用いる方針が取られました。
本サイトでは、医学的な文脈では「症」、法律や制度の文脈では条文どおりの表記を使い分けています。
出典
- DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版 テキスト改訂版(American Psychiatric Association, 2022)
- DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル 第4版 新訂版(American Psychiatric Association, 2000)
- ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics(World Health Organization)↗
- 発達障害者支援法(e-Gov 法令検索)↗